今年度最後の球技大会だからってはしゃいだ俺がバカだった。
バスケに夢中になって、ダンクなんて決めようとして飛んだはいいけど強く掴まれたボールは ガンと音がしてリングに弾かれて、強く掴みすぎた俺はボールを持ったまま、そのまま落ちた。

膝に衝撃が走って痛みよりも驚きの方が早くて、やばい と思ったときには、もう遅かった。









海岸通り
 winter









生まれてこの方、大病も大怪我も経験したことがなかった俺にとって入院なんて もちろん初めてで、家族も初めてで、すげえ大変だったらしい。
見事に膝を怪我した俺はサッカーなんてできるはずもなくて、初めて自分のバカさ加減に嫌気がさした。
完治するまでサッカーはできない。2ヶ月・・・・入院をしている間に冬休みも始まって終わってしまう。


「俺最悪……」


入院してからサッカー部のレギュラー陣やクラスメイトや先生達は何度か見舞いに来てくれたけど、 さすがに部活は正月明けに大会があるし、クラスメイトだってそんな何度も来るほど仲良くないし (男同士なんてそんなもん、つーか毎日とか来られたら違う意味で疑う)、先生だって顔見せ程度。

差し入れてくれたお菓子はまだまだあるけど(つい新商品は手が伸びてしまってもうない)、 マンガも雑誌も読み終わってしまった。


つまり今俺は猛烈に暇ってわけ。

でもだいたい何をしようかと考えながら窓の外を見ていると、うとうとし始めて 眠ってしまう。それくらい病院の中は温度も湿度も快適で、外の過酷さを際立たせるように 濃い結露が窓を覆っていた。(だから実際は窓の外はぼんやりと滲んで見えない)


今日も例の睡魔がやって来て、俺はすんなりと目を閉じる。
深い空気の中に沈んでいくのを感じたとき、意識の隅の方で扉の開く音がした。
















枕元にひんやりと冷たい空気を感じて何となく目が醒めた。
視界の端に見える窓はもう藍色を越えた濃紺になっていて、自分がどれくらい寝ていたのかわかる。
寝ぼけたままに枕元を見ると、クリスマスの真っ赤な花(正確に言うとあれは葉だか花弁だからしい) の鉢植えが置かれていた。


誰か来たのか……。
頭が完全に起きているわけではなくて、全然関係ないことが浮かんだり消えたりする。
ゆっくり首を回して息を吐くと、廊下を歩くスリッパの音が聞こえた。
それは規則正しく、呼吸するよりもゆっくりと近づいてくる。
その感じに来るはずのない人がよぎって、慌てて咳払いをした。

コンコン 足音が止まって、ノックの音が2回。


「はい」



誰かわからないけどその人は、俺の返事にうろたえたようにドアの向こうで息を殺したほどに静かになった。
途惑っているのかなかなかドアを開かない。……まさか幽霊、じゃないよな。
言うまでもなくここは病院だし、俺霊感とかないけど出てもおかしくないかも知れない…。 無性にムズムズしてきて、少し乱暴に どうぞ と言った。








「……こんにちは」


静かに言った声に、間違いはなかった。
あの気配によぎった、まさにその人だった。



ずっと、会いたかった
会いたかった


ちゃんが、見慣れた武蔵野森の制服を着て、静かに哀しく笑って立っていた。






ちゃ、」
「具合……どう?」
「…元気だよ。膝以外」
「そっか」




「……ごめんね」

許してもらおうなんて、思って ないから




 ずっと会いたかったはずで、笑ってあの夏の話とか俺のこととかちゃんのこととか話すつもりで。 まさかこんなに、冷たい日にこんな気持ちで会う筈なんかじゃなかった。
 俺は勝手に愕然とした気持ちになって、今まで願っても夢に見なかった君が目の前にいるのに、 これこそが夢なんだと思ってしまった。起きたばっかりだからかもしれない、頭がくらくらする。
ちゃんの言わんとしている事は、その格好を見れば明らかで、俺は初めて裏切りという言葉の本当の 痛さをわかったような気がした。 でもちゃんはそんなやつじゃない、そんな卑怯な狡賢い女じゃないって目の前の現実を消そうとしている 俺もいて、俺の好きな君と目の前の君、どっちが本当の君なのか、目に明らかなことなのにその狭間を彷徨っているような、 変な寂しさに胸がぎりぎりと絞られていくのを感じた。



「この花、何て言うんだっけ」
「ポインセチア、だよ」
「そっか……」
「………」
「あ、これ。俺の分のアイス代」


乾いた笑いに咽が張り付くのを感じた。
小さな白い手の平に、チャリンとぶつかって小銭が落ちていった。
ちゃんは、そんなのいいのに と少し俯いて呟く。ゆっくりと握り締めた手は少し震えていた。

戸口の椅子に置いてあった学校指定の鞄をゆっくりと持ち上げるその動作を目で追った。
夏よりものびたちゃんの髪がサラサラと流れて、横顔を隠す。



「もう、最後だから」


あの笑った顔が 本当に、好きで


「誠二くん……お大事に」


さよなら 傷つけて、ごめんなさい












深く頭を下げて、ちゃんは来たときと同じリズムで歩いていった。
最後に合った目が、あまりに真っ直ぐだったから 一瞬やっぱりちゃんはあの夏のちゃんなんじゃないかと 思ってしまって、ぐしゃりと何かが潰れたのがわかった。