窓の外に見えるイチョウがそろそろ色づいてきて、まだ緑色の銀杏が たくさん付いている。あれ落ちるとめちゃくちゃ臭いんだよなあ、と思いながら ふと気づいた5時間目。 そういえば俺は、生まれてから夏以外の海に行ったことがない。 海岸通り fall ばあちゃんの田舎の海で会った君に恋した夏はもう終わって、 秋深し、天高く馬肥ゆる秋。になった。 「誠二、それ何か混じってる」 「え!」 「秋深し隣は何をする人ぞ」 「ああ〜、聞いた事あるような?」 「・・・ないんだろ」 秋深し、俺の隣は溜息をつく竹巳です。 君の隣には誰がいるんだろう・・・今更になって、ちゃんのこと 名前と同い年だってことしか知らないのに気付く。 4日も毎日会ってたのになんでもっと色々聞かなかったんだろう・・・俺、ばかだなー。 夏は終わっても恋はまだ全然終わらなくてむしろ始まってもいない? いやいや俺の片思いはとっくにスタートを切ってます。ちゃんは、どうですか 何かの拍子に、例えばさっきのイチョウのような、全然ちゃんには関係なくて 連想されることすらこれっぽっちもないのに、ふっと突然君が思い出される。 あの夏の暑さまで、肌が思い出すようにときどき汗をかく。 ちゃんが藤代くん、と俺を呼んだような気がして、辺りを見回してしまったり。 「恋煩いだ・・・」 「それ久しぶりに聞いた」 「つーかお前さ・・・」 サッカーとなると話は別、どんなにちゃんが恋しくてもサッカーはやり始めれば すぐに夢中になれる。そりゃ、ゲームとかじゃなきゃたまにぼーっとしてヘマするけど。 休憩時間になって汗をタオルで拭いていると、やっぱり夏の暑さを思い出してしまう。 携帯とか聞けばよかったのかもしれない。 片田舎の雰囲気か、一緒にいることに夢中になっていたせいかわからないけれど俺は そんなことすっかり忘れてて、家に戻れば携帯の存在をちゃんと思い出すのに。 ちゃんといるときは、俺とちゃんとセージと海と土手と、防砂林とセミくらいしか世界に存在しないんだ。 俺にわかるのは、それくらい。 ミーティングを済ませて着替えると、制服のポケットがチャリンとなった。 52.5×4の210円、わざと俺は返さなかった。 あの日俺はあの道に行かずに帰った。ちゃんはきっと、白いパピコを買って土手に座って 俺を待っていただろう。でも俺はひどい男だから、何にも言わずに帰ってきた。 電車を待つホームで、一夏の思い出にしては世界一じゃないかと思ったんだ。 頭ではちゃんのこと、一夏の思い出、にしたはずだった。 それでもポケットからは210円がぶつかり合って存在を主張する。 お金を返さないつもりなんじゃない。 こんなところで偶然に会えるはずなんて絶対にないのに、俺はポケットの210円を 財布にしまうことなんて考えなかった。 俺はずるい男だから、君に繋がる道を一本だけ大事にとってあるんだ。 「なータク」 「何だよ」 「海の方ってさ、ここより暖かい?」 「日本海は寒いだろ、太平洋はこっちより気温高いと思うけど」 秋の海はどうなんだろう、なんとなく想像しても夏のあの海とは全然違って どんよりした空と灰色の砂浜が思い浮かんでしまう。 ・・・・なんか、ちゃんにはますます不釣合いだ。 あの土手の草は茶色く枯れてしまったんだろうか、セージはあの土手でもう 草の匂いを嗅いだりできないのだろうか。 寮のベッドにダイブして、枕で耳を塞いで目を閉じる。 ザ、ザンとゆっくりな波の音が呼び起こされて、押し付けられた顔を少し緩ませた。 会いたい、会いたい。 あの海までは、電車で3時間半とバスで40分。 次の休みに時間的には行ける。でも財布的には行ったら帰って来れない。 「あーあ」 押し付けていた枕を遠くへ投げて大きく溜息。 飛んでった枕をキャッチしてタクは迷惑そうな顔を俺に向けた。 はいはい、わかってますよ。お金貸してなんて言わないし、 会いにも行かないよ。 ただ、目をつぶると君が思い出されて仕方ない。 秋の海の風は、潮っぽくて冷たくて、涙みたいなんだろうか。 海岸通りのあの道をセージを連れて歩く君を、沈んでいく意識と一緒にまぶたの裏に閉じ込めた。 |