生まれたらいつか死ぬ。 それは自然の摂理で、生きているものはみんなそうで、生きているものはみんなそれを体のどこかで知っている。 じゃあどうして生まれたんだろう?じゃあどうして出会ってしまったんだろう? 生きているものはみんな、そのわけを知っている? 浮かんで消える arrivederci ハナと出会ったのは、小学校2年生の時だった。 まだ元気に生きていたおじいちゃんが、知り合いの人からもらってきた2匹の金魚。 夏祭りの金魚すくいで泳いでいるのと同じくらいの大きさだったけれど、真っ赤な一匹と 赤と白のまだらのもう一匹。 金魚鉢を買ってきて2匹を入れた。 夏の暑さを忘れさせてくれるような、赤だった。 平馬と出会ったのは、小学校4年の時だった。 初めて同じクラスになって、席が隣になった。わたしは人見知りで、平馬も無口な人だったから 全然話さなかった。 平馬が隣の家に越して来たのはその年の夏。 ずっと空き地だった隣に家が建って、わたしは今年の冬はどこで雪だるま作ろうかな、と半年先のことを 一生懸命考えていた。 ちょうど夏休みに入ったばかりのころ、平馬はお母さんと2人で挨拶に来た。 玄関のチャイムが鳴る。 「はあい・・・・横山?」 「あ、」 わたしたちはお互い表現下手だったから、すごくすごく驚いて地球がひっくり返るかと思ったのに、それは平馬にしか 伝わらなかった。(平馬も同じようにびっくりしたらしい。後日談) 次の日からわたしはほぼ毎日平馬に出くわした。わたしの部活の時間と平馬のランニングの時間が一緒だったからだ。 たまに大きなスポーツバッグをかけているときもあったけど、そういえば平馬はどっかのクラブでサッカーをしてるらしいと 思い出して納得していた。 「あれ、平馬。またきてんの」 「うん?」 「コーラとサイダーどっちがいい?」 「両方炭酸・・・」 「飲めないの?」 「や、飲める。じゃあサイダー」 ご両親が共働きの平馬は俗に言う鍵っ子で、それを知ってからはお母さんが帰ってくるまでは家で待つというのが 普通になっていた。(お母さんは平馬をすごく気に入ってるからたぶんオファーしたんだと思う) その頃には金魚は2匹とも10cmくらいの大きさになっていて、住家は金魚鉢から水槽に変わっていた。 「ー」 「なに?」 「金魚!」 「え?」 リビングから見える玄関に水槽はあって、平馬が大きな声を出したのは初めてだったから、慌ててサイダーを溢しそうになった。 テーブルの上にコップを置いて、玄関へ急ぐ。 平馬は裸足のまま玄関に立って水槽を覗き込んでいた。 「平馬?」 「・・・・白いのが、死んじゃった」 「・・え・・・・・なんで」 「空気、ポンプ外れてる・・・」 騒ぎを聞きつけたお母さんが2階から降りてきて、すぐにポンプを直してくれた。 でもそれでもまだらの金魚は水面に浮かんで、わたしはショックで泣いた。 誰のせいでもないよ、と平馬は言ってくれたけど、もっと早く気づいていたら、と思うと苦しかった。 生き物が生きて死んでいくのを初めて見た。 暗くなる前に庭の隅に穴を掘って金魚を埋めた。 名前もない命だった。 洗面所で手を洗ったあと氷が溶けてしまってテーブルがビショビショになってしまっていたけれど サイダーを飲んだ。 溶け出す泡と金魚が重なって、わたしは心臓が沈められたように気持ち悪くなった。 死んでしまった金魚もこんなに苦しかったのかなあ。 「もう一匹は生きててよかったな」 「・・・・・うん」 「大事にしないと」 「うん」 名前はあるの?と平馬は聞いた。聞いたことのないひどく優しい声だった。 わたしがないのと答えると、平馬は笑って、ハナと付けた。 真夏に咲く花のように、鮮やかな赤だから。 N E X T 050105 |