「人の殺し方なら知ってる」

湯気の立つカップをそっと唇から離しながら、彼女は微笑んだ。
眩暈がした。






the Time Machine.゜.+.゜。










一体何が?
そうだ、久々に実家に戻ってくることになったから会おうと連絡をとっていて、 ここは大通りに面したカフェで、ガラスの向こう側では無数の車が決められているかのように機械的に行き交っていて、 彼女はキャラメルマキアートを注文して、俺はコーヒーをおかわりして。
前後左右の安全を確認。夢を見ているわけでも俺が狂っているわけでも、俺が聞き間違えたわけでもないようだった。

何でこんな話になったんだ?
地元が懐かしくて、小さい頃の話をしていた。
小学校の頃とか、そうだ、遠足の話からそうなった気がする。

彼女の穏やかでゆったりとした動作や気配、口調と言葉そのものの意味があまりにちぐはぐ過ぎて眩暈がしたんだ。




「寝てる人の顔に白い布をかければいいのよ」

今度は俺が笑った。
「ああ、そういうこと」
「私5年生の遠足の帰りのバスで、寝顔見られたくなくてそうしたら、死人だって騒がれたもの」

彼女は不機嫌そうな顔を作って言った。
あくまでも、作って。今にも笑い出しそうなのを堪えているような不機嫌だ。

「あったっけ?」
「あったの。違う小学校なんだから知ってるわけないじゃない」
「ごもっとも」


















朝。
部屋の東側にある窓から目一杯光が差し込んで、それが紛れもない現実だということを三上に知らしめた。
眉間の奥の方が痛む。自然とそこに皺が寄り、光の眩しさに一層深くなった。

カーテンを閉め忘れたらしい。短く舌打ちをした後、 今日は寝坊できない実習があったために昨夜敢えてそうしたことを思い出した。
なんだか朝から靄がかかっている様に頭がボンヤリしている。思考が定まらない。

シャワーはすぐに適温になった。
頭を濡らしながら、だんだんと頭の中が片付けられていくのを感じる。
そうだ、夢を見たのは久し振りだ。現実の中の夢、夢のなかの現実。
最近はいよいよ忙しくなってきて、遅くまでレポートを書いたりデータの解析をしていたし、睡眠時間自体が ほとんど確保できていなかったから夢もヴィジョンとして現れる暇もなかったのだろう。
疲れていたのか。当たり前のことか。

それすら認識するのにこんな風に一々確認していかなくてはならないなんて、まるでロボットだ。
原因は、わかっている。
だ。
しかし、正直なところ、三上はこの2年間。と別れてからの2年間、を思い出すことはほとんどなかった。
当然別れた頃は気にかけたりもしたが、すぐに三上は研究室へ移動し、校舎も授業も別れてほぼ顔を合わす事が なくなったために彼女の存在や記憶は三上の身体以上に忙殺されて、海馬の奥へと息を潜めていった。

それが、たったあればかりの再会でこの有様だ。
情けない。不甲斐ない。しかし全く以ってやるせない。三上の心情を今一番的確に示す言葉だった。
やるせない。


「ごもっとも」






夢は、いつかのフラッシュバックだ。

何の因果か、と三上の地元はそれほど遠くはなかった。
電車で約1時間、帰省するときもなんとなく日程を合わせて一緒に帰った。
同じ方面なのだし、恋人なのだからそのくらいはするだろう。
そして帰省しても、お互いの地元に足を運んだ。

そうだ、あれはの地元に三上が赴いたときだった。
名前も雰囲気も知った街ではあるが、そこで育ったと一緒にその場にいると また違ったものに感じられる。

駅前のカフェ
通りを走る車
立ち上る湯気
キャラメルマキアート
の声

すべてが瞼の裏にあり、すべてが手の届かないところにいる。

もしも


もしも、予知夢だったら?
三上は思わず嘲笑った。


眩暈。
ちぐはぐな言葉と、空気。
違う。
今だからこそわかる。



見惚れただけだったのだ。
彼女の微笑みに




三上は短く溜息をついて靴を履いた。
わかっている。わかっているけれど、理解していることで何が出来るというのだろうか。

(わかってるから、何も出来やしない。)
重々しい金属のドアを閉め、施錠する。一度ドアを引いて確認。このくらいならもう無意識に出来る。
1週間後には、全てを決めなくてはならない。







081022