ロゼットのアダージョ waiting for your tears.my dear... がしゃがしゃ アイスを掬う前に、くっつかないようによく水に濡らす。 ゆっくりと箱に沈めて、アイスを削る。 サーティーワンのお姉さんみたいに、ガリガリ削ればいいのに その動作はひどくゆっくりで、せっかちな彼には似合わない。 そんなに優しくアイスを削ってどうするの? 自分で食べちゃうくせに 「スペイン…」 「まさか場所が解んないなんて言わないよね?」 「わかる、わかるけど」 「けどなんだよ。って勉強は割とできるのにどうしてこうも頭の回転が遅いわけ?信じられないね」 「う、うるさいよ!」 「あ!投げた。、今自分が何を投げたか解かるか」 「ぬいぐるみ…」 「そう。『俺が小4の時の誕生日にあげたぬいぐるみ』だよ」 「……」 わかってるよ。と半分怒った言葉は言わなかった。 わたしが返事をする限り翼は喋り続けるし、返事をしなくたって止まらない。 翼はわたしが投げたその大きなぞうのぬいぐるみ(タオルみたいな生地でできていて軽い)をひょいと投げてよこす。 それを受け取って顔を隠すようにぎゅうっと抱きしめた。 「一緒に来る?」 「え」 「スペイン」 「……い」 「本気にするなよ。連れて行けるわけないだろ。第一、スペイン語わかんないくせに」 「今から」 「まさか、今からやる、なんて言うつもりじゃないよね。語学ってのはそんな2,3ヶ月でマスターできるような もんじゃないってことぐらい当然知ってるよな?」 「行かないよ!」 ぐう、と小さく唸って顔をぞうの頭に押し付けた。 いつだって翼はわたしをいじめる。ストレスが溜まってるのかわたしの反応が楽しいのかはたまた… わたしが きらい なのか、わからないけれど翼がこうやって無遠慮に説教するのはわたしくらいだ。 中3の時突然飛葉に転校してきて(玲さんが連れてきたらしいけど、その時だって事後報告だった) わたしとわたし以外の女の子に接する態度を見て驚いたほど。 小さい頃から一緒だったから、もう翼とわたしの間に遠慮なんて言葉はなくなってしまったのかもしれない。 そしてわたしにとってそれは嬉しいことであって、ほんの少しだけ寂しいことでもある。 でも、翼の目は優しかった。 いつもわたしを説教する時は外人みたいにあからさまに表情をうんざりさせたり首を振って見せたり、 大げさに溜息をついたりするくせに、こういう時だけ、わたしを傷つける時だけ、 どんな言葉を言っていても 表情だけは優しく笑うのだ。 その後に、馬鹿だの阿呆だの、ドジ、間抜け、……どんなひどい言葉が続いていたとしても わたしの名前だけは、「」と優しく呼ぶのだ。 「」 近くで声がして、びっくりして顔をあげるといつの間にテーブルを飛び越えてきたのか、 翼がぬいぐるみの前に立っていた。 中学校の頃はわたしの方が背が高かったのに。 高校に入った途端に翼はぐんぐん伸びて、あっという間にわたしの身長を通り越して 遥か遠くに行ってしまった。 もうわたしが翼に勝てるものは何にもない。 わたしを見下ろす翼がすごくすごく遠く感じて、わたしはまたぬいぐるみに顔をうずめる。 どんなに強く言われても翼に泣かされたことなんてなかったのに、目頭が触れないくらい あつい。 「泣いてるの?」 わたしは無言であっちへ行って、と右手を伸ばした。 でも翼はその腕を掴んで、反対の手でわたしのおでこを撫でる。 いやだと首を振ると、翼は右手で簡単にわたしとぬいぐるみを引き剥がした。 わたしの手は掴まれたまま。 わたしは慌てて残った左手で顔を隠した。 「、手どけて」 「嫌だ…」 「」 「なんで」 なんで優しくするの 翼の動きが止まったのを感じた。 でもそのすぐ後にふっと空気が揺れたのも感じた。 笑ってる 「嫌なの?」 「……わたしのこと傷つけて、楽しいくせに」 「なんだ、バレてたんだ」 「な!」 「あ、やっぱり泣いてる」 「う〜…っ!うるさいよ!」 楽しそうに、翼はあははと笑って、が僕のこと忘れないようにしないといけないだろ と、わたしにはわけのわからないことを言った。 久しぶりに僕ってゆったなあと思って、そっちの方がなんだか嬉しくて、安心する。 「翼のばか!……わたしのことなんか、すきじゃない、くせに」 「いつそんなこと言った?」 「知らないよ」 「わ!」 翼は突然さっき取り上げたぬいぐるみをわたしの顔に押し付けるから、びっくりして (しかもちょっと口に入っちゃった)そのぬいぐるみをどかす。 でもそうしたら、翼がすごくちかくに いて、もっとびっくりして、でもぬいぐるみを咄嗟に出す のはできなくて、ぎゅっと目をつむった。 「目瞑っていいの?」 ふっと翼の笑った息が、鼻にかかった。 わたしの心をえぐり続けてきたその鋭いするどい口が触れたのは ばら色になってしまったおでこだった 060127 |