眠れない夜は、屋根を渡って 月夜の黒猫は、瞬きよりも速く Twinkle Twinkle ★ミ 眠れなくて困る、なんて子供みたいだと思った。 小さい頃は隣でお父さんとお母さんが眠っていて自分だけが起きているのが なんとなく怖くて、体を揺すって起こしては小さなお話を聞かせてもらっていた。 もう眠れない夜にどうやって眠るかもわかって、自分だけの部屋もベッドもあるのに、 なんだか今日は何をやっても眠れなかった。 困ったなあ、 もぞもぞと寝返りを打って窓に目をやると、カーテンが開いていた。 そういえば閉め忘れたのを思い出して、ゆっくりと抜け出す。 「……きれい」 星空なんてゆっくり見たのは久しぶりだなあ、と思って。 窓はきちんと閉まっているのに吐く息が白くて、胸が高鳴った。 9時間前に彼の上を通った星が、今わたしの上にいることが、うれしい。 声を聴きたいなと思った。 電話なんていつぶりだろう、彼は忙しい人で周り中から全てを求められているような、 それでもいつも笑顔で、全てを与えられるような人で。 なんだかわたしの都合、とか 考えると滅入ってしまって。 向こうからかかって来るばかりでわたしからは1度もかけたことがなかった。 目覚し時計の文字盤を九つ、指で鳴らして。 ちょうど練習が終わったくらいかも、電話と時計を目が行ったり来たり。 とりあえず電話を取ってベッドに戻った。カーディガンも着て、準備は…あ、まだ心の準備がだめだ。 電話番号は、かけたこともないのにちゃんと覚えてる。 ふう、と息を吐いて、決めた。 「やっぱり声が聴きたいから、1回だけ、我侭も許してね」 国際電話の取次ぎも、あんまり覚えてない。 心臓が身体中にあるみたいに手も足も、どきどきしていて、震えだして、 向こうもわたしにかける時、こんな気持ちなのかな、とか、そうだったら嬉しいなあ、とか、 思ったりして。 「ora?」 心臓が、止まってしまった。 「……」 「…?」 「ユ、。」 「やっぱり、…」 「…ユン」 「今そっち夜中だよね?」 「あの、今、へいき?」 「うん」 「試合は?」 「今日は練習だけなんだ」 「そっ、か…お疲れ様」 「あは、ありがとう。どうしたの?」 「え?」 「が電話くれたの初めて」 「うん…。その、眠れなくてね、それで、カーテンが開いてて、星が、。」 星が、きれいで。ユンの声が聴きたくなった。 ごめんね、という言葉が口から漏れて、少しの沈黙。 耳に押し当てた受話器からユンの息の音が、聴こえる。 心臓が、今度はちゃんと胸にあって。でもやっぱり動くたびに少しずつ 大きくなっているような気がした。 「なんで謝るの?ホント、おもしろい」 「だって…ユンは忙しいから」 「そうだけどね、今は暇。が電話してきてくれるならいつでも暇にしてるよ」 ユンの笑顔が瞼に浮かんで、頬があたたかくなった。 わかりきった嘘、でも最高にうれしくて、やさしい嘘。 「それはだめだよ」 「…は相変わらず理性的だなあ」 「え?」 「真面目で、理性的。僕はそれがすごく好きだよ」 「からかえるからでしょ」 「それもあるけどね」 あはは、という笑い声が、スペインの夕焼けとオレンジ畑を連想させた。 今思えばその国は彼によく似合う。韓国の赤も、スペインの赤も。 彼は何でも自分のものにできて、自分の思うことを言える人で。 「スペインの人は意外と理性的なんだ」 「…ラウールとか?」 「そうだね、僕の好きな選手」 「うん、知ってる」 じゃあラウールもからかうんだ。ユンは できるといいけどなあ、と楽しそうな弾む声に、わたしの心の方が高く跳んだ。 ユンのチームはまだ2部リーグだから、ラウールのチームとは戦えない。 でも近い未来にラウールと対峙しているユンを簡単に思い浮かべられた。 「なんか、」 「ん?」 「なんかさ、屋根をつたって行ったら、の家まで行けそうだよ」 「猫みたい」 「黒猫がいいな。入れてくれる?」 「うん。ミルク温めておくよ」 「猫舌だよ?」 「じゃあ冷ましてあげる」 小さく笑った声が、部屋に広がって。 廊下まで聞こえてないかな、と少しどきっとした。 真夜中は、いい。 静かだから、ユンの声がよく聞こえる。 ベッドのスタンドの橙の灯りが、スペインの夕焼けみたいに感じる。 「あー!。会いたいなあ」 「…言っちゃだめだよ、我慢してるんだから」 「次帰るとき、先に日本に寄ろうかな」 「……だめだよ家族にいちばんに会わなくちゃ」 「将来の家族は?」 「…だめだよ、。」 ユン、あんまり恥ずかしいこと言わないで 小さなお願いだったのに、ユンはまた笑っていた。 「国際で長電話していいの?怒られちゃうよ」 「いいの、怒られても」 ユンの笑い声は、あったかくてすごく好き。 わたしの笑い声も、ユンをあったかくできたらいいのにと、思った。 空の星は眠そうに2,3度小さく瞬きをした。 060304 |