「また明日ね」
そう言って別れて、でも明日になってもノリくんには会えなかった。
次の日も、その次の日も…。でも理由はすぐにわかった。
サッカーの合宿が始まったんだ。
そういえば去年もこの時期に1週間くらいいなかった気がするなあ…。

去年の今頃はまだこんなに仲良しじゃなかったから、あんまり気にならなかったんだ。
前の席がぽっかり空いてて、風通りがよくて視界も開けてて、不思議な感じ。
いつもは顔を上げると、ワイシャツの襟に当たってちょっと外ハネしてるえりあしが見えるんだけどな。

内職できないから早く帰ってきてよ、ノリくん










BLUE TEARS
           










「おはようノリくん、おかえりノリくん!」
「ああ、おはようさん」


週が明けて月曜日、学校に行くとノリくんがいた。
なんか眠そう…テンション低いというか、元気がないというか…。冬場の猫みたい。
ノリくんがSHRの後に先生に呼ばれて前に行ってる間に隣の席のカナに、「元気なくない?」 って聞いたら「合宿で疲れてるんと違う?」だって。なるほどそれは確かにそうかも。

だから、そのときはおかしいなって思わなくて、今になって思えばそのときからだったんだろうけど。



「ノリくん、ガムいる?」
「ああ、今日は持ってるから」
「そ?」
「うん」


お弁当の後いつもノリくんは「ちゃんガムちょーだい」って来る。
またー?って言ってもいっつも持ってこなくって、まあわたしはいつも持ってるからいいんだけど。
でも今日は席に戻っても何も言ってこないから、わたしから聞いてみちゃった。

変なのー。……そういえば、今日はまだ1回も話しかけてくれないや。
そう、変だ。ノリくんが帰ってきてから1週間も経つのに、まだ1回も話しかけてくれない。(今までのは回想だったんです!)

なんかものすごいムズムズっていうかざわざわして、授業中も顔を上げれば外はねのえりあしが見えるのに、 ノリくんがいなかった先週と何にも変わらなかった。ぴったりおんなじ気持ちだった、や、先週よりもいやだった。 カナも「ケンカでもしたの?」と言い出して、そんな、だって…怒る理由も怒られる理由もさっぱり見つからなかった。

だから、普段は絶対こんなこと出来ない、できないけど、前みたいにいっぱい話したりしたいから。
意を決することにしました。




ノリくんはいつも放課後になるといちばんに教室を飛び出してサッカーに会いにいくので、 昼休みにお弁当を急いでかき込んでふらっと教室から消えてしまったノリくんを探して回った。



「(食後に走るとお腹痛い…)…あ、あああノリくん!」
「ん?」


振り向いたノリくんは、あ〜見つかっちゃった。という顔をしたくせにいつも通りのやさしくて明るい声で わたしに問いかけた。
ずるい、ずるいよノリくん。



「話が、あります」
「……他行こか」


ぐっと奥歯に力を入れてうなずくと、ノリくんはそのまま踵を返して歩き出した。 見失わないようにわたしも少し大股でノリくんの後を追う。
すれ違う人がだんだん少なくなって、ノリくんが足を止めたのは美術室だった。 昼休みは先生すら誰もいない。教室よりも太陽が少ないそこはとてもひんやりしていた。
両足をそろえて立つと、きゅと床が鳴った。わたしの体が緊張して出した音かもしれなかった。
きれいに並べられた机の一つにノリくんは腰掛けて、こっちを向く。


「…あのね、聞きたいことが、あって」
「うん」

「ノリくん、怒ってる?」

「なんで?」
「話、かけてくれないから」
「怒っとらんよ」
「じゃあなんで」


なんで話かけてくれないの?わたし何かノリくんに嫌なことしたかなあ…それなら教えてほしい。
ごめんね、いっぱい考えたんだけど、いっこも思いつかなくて、でもノリくんと前みたいに いっぱいしゃべったりしたいんだ。

前の席でノリくんが、振り向いてくれないの、いやなんだ



「ご、ごめんね。勝手なことばっかりゆって」
「…ちゃん」


耳に入ってしまった水が、じわりと出てくるような。
ノリくんに名前を呼ばれたのは2週間ぶり、だ。
ひどく懐かしくて安心して、わたしがほしかったのはこれだったのかもしれないと思った。



「その気持ちは何ていうか、知ってる?」
「…知らない」
ちゃん、言ってもええ?」
「うん」



ノリくんは嬉しそうに笑った。徒競走で1等賞になったときみたいに、笑った。
わたしは体があったかくなった。これもわたしがほしかったものだったのだ。



「好きや、ちゃん。めっちゃ好き」







気づかなかったことはふたつ。
ノリくんとわたしだけのあの合図と、わたしとノリくんのおんなじ気持ち。



「選抜の合宿でな、押してもだめなら引いてみなやって言われてん」

春風のようにわたしに寄り添って、耳元に囁くとノリくんはまた笑った。
我慢した甲斐があったわ、と目も口も一つにして見せた。

わたしも笑おうと思ったのに、口を笑まそうとしたら目が泣いてしまって、ちぐはぐなわたしの顔にノリくんはまた笑った。












060915