役目がなくなってもそこに居続けなくちゃいけないのは、 少しずつ自分が忘れられていくのを黙ってみていなきゃいけないことのようで、 なんだかすごくつらい、と思うんだ。
























「ねえねえ、日生さん」
「なに?」
「ちでじって知ってるかい?」
「あー、知ってるけど。つーか家もう地デジだし」
「……出た金持ち!昼おごれ!」
「で、地デジがどうした」
「………(むしした…!)」



イスの背もたれに両手をかけて、その上にあごをのっけてううーっと唸ると 日生はどうした、猫か?と言ってわたしのてっぺんに手を乗せてぐるぐると混ぜた。
ぐしゃぐしゃだよ、と思いつつも直す気になれない。それよりも気になることが、あるんだよ。日生くん。




「電波塔はさあ、どうなるの?」
「え?」
「地デジって、今までのと違う電波で飛ばすんでしょ…だから電波塔はさあ、お役御免な訳だよ」
「そうなの?」
「……たぶん(知らないけど)」
「ふーん(知らないのかよ)」
「それって可哀想じゃんか、東京タワーとかさ、もう仕事ないんだよ」
「でもあれは観光地だからよくね?」
「じゃあ他のは?可哀想だよ…」


わたし電波塔すきなのに…。と口があんまり開かなくてもごもご言うと、 なんだかもう放っておいてよ!って気持ちになってしまってすごく気持ち悪い。
こういうのよくないし、嫌いだ。
でもたまらなくぐずってしまって、涙なんてこれっぽっちも滲んでないのに、すんすんと鼻を鳴らして 日生に視線を向けてみた。

日生はうんうんと何度も唸りながら伸ばした両手で交互に机をぺちんぺちんと叩いている。
斜め上の教室の蛍光灯と睨めっこしていた日生の目が急にわたしを捉えたから、 めちゃくちゃびっくりして、ガタってイスまで驚いてしまった。





「俺はそういうことでぐずぐず言って本気でうじうじ悩んでるが好きだよ」












拝啓、電波塔さん
たとえあなたが役目を失ったとしても、あなたの存在に 心から感謝します。




060829