この時期に、わたしはばかものです。 そんなのわかってても、止められなかったの。 ていうか、止められるようなら、恋じゃないと思いませんか? そんなことを思いつつ、18歳。 ―――恋も勉強も進まないまま高3の夏は色褪せてゆくのです。 Rute-18 はあ、と溜息をついた。 夏休みなのに暑い制服を着て、学校の図書室で勉強しているわたしはなんなんだろう。 しかも1人で・・・・。 受験生というのはわかっているつもりだけれど、将来なりたいものもなければ特に行きたい大学もない。 友達は予備校に行ったり図書館に行ったり、熱心に勉強しているけれど、 高校も推薦で入ってしまったわたしには正直、受験自体、実感も何もなかった。 いつものように家で扇風機を回して畳に寝そべるわたしは、お母さんに追い出されて、 学校から家まで程近いために、しぶしぶクーラーの効いた図書室へやってきたわけです。 図書室では友達やクラスメイトや顔くらいは見たことある人などなど、とにかく同じ学年の 人たちがたくさんいて、みんな黙々とペンを走らせている。 この雰囲気にはさすがに逆らえなくて、しぶしぶ鞄から問題集を引っ張り出してから4時間。 そろそろ図書室の閉館時間になったのに気付いて、小さく伸びをして、固まる。 ―――他人の空似?な、わけない、よね。 く、と伸びをして見えた、つい立の向こう側で、わたしの素敵な横山平馬はにこ、と笑った。 「、アイス食いに行かない?」 周りの生徒はせっせと後片付けをしている、あ、右隣の木下君。わたしの散らかした消しカスも ついでに片してくれると助かるな。 え、自分でやれって? それは無理なのよ。だって、わたし今動けないんです。 目の前の横山から、目が離せないもんで。 「い、いつからいたの?」 「1時間前くらい?ちゃんと勉強してんだ。偉いね」 「そんなに前・・・・!」 「全然気付かないから集中してるんだなーと思ってさ、邪魔しちゃ悪いだろ」 つい立越しに、背筋を伸ばして固まるわたし(変な汗が出てきました)と、机に伏して ふにゃふにゃと話す横山(涼しげなお顔をしていらっしゃいます)。 なんてアンバランス、なんてコントラスト! たまたま図書室に来てよかった。普段は勉強なんて、気が向かなきゃしないのに、 たまたま追い出されたおかげで横山に褒められましたよ、お母さん。産んでくれてありがとう・・・・! この後用事あんの?と、横山の声に引き戻されて、わたしは慌てて、アイス行く!と片言で答えた。 横山は少し声を出して笑って、とりあえず片付けなよ。と言った。 近くのコンビニについて、ドアを開ける。 どうぞ!とニコニコしながら横山を中へ通すと、「それって男がやることだろ」と言って笑うので、 わたしはもう嬉しくて、ニコニコがニヤニヤになってしまいそうだった。 「、何買う?」 「ハーゲンタッツ・・・・」 「え、マジで?金持ちー」 「今日は、ご褒美で!わたしへの」 「はは!自分になんだ、さみしいなー。」 「じゃあ俺がの買ってやるから、は俺のを買ってよ。」 横山くん、素敵すぎます、その提案(そして笑顔も)・・・・! もちろんわたしは是非!と叫んで、横山はチョコでコーティングされてるのがすきそうな イメージだったから、ハーゲンタッツのそれを選んだ。 会計を済ませて、店を出ようとすると、横山がドアを開けてくれた。 「どうぞ、様」 むわっと襲い来る熱気も全然余裕だ。もう死んでもいいわ! 横山に(様)と呼ばれる日が来るなんて・・・!名字だけでもその日はパラダイスだったのに、ね! もうちょっとで鼻歌を歌ってしまうところだった。(顔の緩みはもう治りませんよ、しょうがない!) 「横山は何で今日図書室にいたの?」 沈黙になりそうな間が嫌で、思ったことを言った。 まさか、わたしとアイスを食べるためにわざわざ図書室へ来るはずなんて ないでしょうから、ね。(もしそうだったら、わたし告白しちゃいますよ) 「うん、俺、受験しないから。先生はしろって言ってたんだけど、しない、って決めたから言いに来た。」 「え、しない、の?・・・・サッカーするんだ?」 「うん、俺プロになりたいから、サッカーしないと。」 やっぱり、冥途の土産ってやつだったのかも、今日の幸せは。 クラスメイトだからみんな同じだと思い込んでおりました、ばかです、わたし。 横山はナショナル選抜とかにも呼ばれて、学校を何日も公欠したり、外国までサッカーしに行って しまうような、すごい人でした。 告白なんて言ってごめんなさい。無理です・・・・。住んでいる世界が違いました。 わたしはきっと適当な大学に入って平凡な人生を送る確率が80%以上ですけど、 横山はプロのサッカー選手になって外国とかに移籍しちゃうようなスターになる確率80%です (や、サッカーのことは少ししかわからないので適当です、けど)。 ビックリした顔にならないように気をつけて、なんとか笑顔を作る。 思ったよりずっと、大きな声が出た。 「そ、か。すごいね!プロかあ。横山なら絶対大物になるよ!」 「は、受験すんだよね?」 「うん。一応、大学には行くつもり。」 「なら頭いいからきっと受かるよ。」 「そ、そんな。わたしなんか全然勉強してないし、受からないよ。わかんない。」 なんでこんな真面目な話になってしまったのかと後悔して、俯いた。 横山と真面目な話するなんて、夢のように嬉しいことのはずなのに、 いま悲しいのはどうしてなんだろう、とコンビニの袋が冷えて、膝を掠める。 「俺もそうだよ。」 横山は、真面目な声で笑った。 「みんなそう言うんだ。だから余計になれなかったら、て思う。」 なれなかったら、プーじゃん?そんなんカッコ悪いし、なれるって思うほど なれなかったら、て思うんだよ。 と、何もかわんないよ。 夕焼けがジリジリとコンビニの袋を温めて、なかの箱は大汗をかいていて、 たぷん、と嫌な音が聞こえた気がした。 恐れていた沈黙がうしろからわたしを羽交い絞めにして、ぎりぎりと、苦しくて汗が出た。 「?」 「・・・・・・は、はい!」 「黙りすぎだよ。気にしすぎ」 横山は気が付けばいつも通りの横山で、へらと笑って言った。 ようやくわたしは、ふっと緩められて、ゆっくり深く息を吸う。 「さ、ぎこちないよね。」 「え、ど、どこが・・・・」 「リアクション?特に、さっきの。」 がいちばんへたくそな応援だった、と言って、へへへと笑った。 わたしは横山がすきなのに、でも、横山をはじめて見た気分がしたのは、 きっと間違いじゃなかったと思う。 これがほんとに、横山平馬という人で、わたしは彼がすきだったわけですけど、 ほんとにすきだと思った、わたしが思っていたよりもずっとずっとすごい人だ。 南風みたいな人だ。 「横山」 「んー?」 「アイス溶けちゃったね」 「あ!・・・・・うん。」 「お互い受かったら、また買おうね」 来年の春に、わたしたちはどの道違う道に進むことになるわけだけど、 でも、それでもわたしは横山がすきだ。 すきでよかった、今すきになれてよかった。 18歳の夏に吹いた南風は強い追い風で、ぐいぐいと私たちを岐路へ追い立てる。 流れる前髪に、ふふ、とわたしたちは笑った。 溶けきったアイスが箱にぶつかって、たぷん、と楽しそうに弾けた。 051002 |