窓側のわたしの席は午後になると日差しが強いから、カーテンを引く。
暖かい日差しと冷たい冬の風が窓から舞い込んできて、波が寄せては返すように カーテンがはためく。
半分以上の人が寝てるけど、わたしの目はぱっちり醒めている。
はためくカーテンの向こうにチラチラと見える青い空と、静かに響く彼の声だけで、わたしは幸せだ。



ささいなこと



毎月1のつく日は出席番号11番の郭君があたるから、彼には悪いかもしれないけどわたしは嬉しい。
とくに古典の授業で彼があたると、嬉しい。
静かで落ち着いた雰囲気をもっているサッカーの上手な郭くんは、 韓国人とのハーフだとか在日だとかそんな噂があって、 わたしは別にどっちでもいいけど確かに『郭』って名字は珍しいなあと思う。
もしそうだったら、さらに素敵だ。ただでさえ素敵なのにますます素敵!
だって郭くんの読む古典ほど素敵なものはない。
モーツァルトの名曲よりも、日本伝統の雅楽よりも、郭君の声は窓から流れ込む冷たい風に乗って、 廊下へと抜けていく。

日本の古典を韓国の郭くんが誰よりも素敵に読む。
それだけで、わたしは幸せだ。









「はい、ありがとう」

先生の言葉に、短くはいと答えて郭くんは席についてしまった。
もっと読んで欲しいのに。先生はそ知らぬ顔で板書し始めて、郭くんもそれを目で追って ペンを走らせる。椅子を引く音に何人かが目を覚まして、慌ててノートを開く。

つまんないのー。

わたしは1人余韻に浸るために、窓の外を見ながらくるくるとペンを回した。
クリーム色のカーテンは、砂浜の色に見えないこともない。
青い波がクリーム色の砂浜を隠したり、見せたりするのとちょうど逆の色合いで、 クリーム色のカーテンが青い空を隠したり、見せたりしている。
それをただ眺めているだけで小一時間は過ごせそうだ。

冷たい風にノートの端がパタパタと震えていて、なんとなく上に筆箱を乗せて押さえた。
どうやら風に乗った郭君の声はもうみんな廊下へと抜けていってしまったようで、 いい加減余韻もなくなってくる。


くるくる、くるくる。
ペンの蓋を差し替えたものの、なんだか書く気が起きなくて(というのもちょうど先生が 邪魔で最初の方が見えないのだ)、くるくるとペンを回す。
時計を見ると、あと17分くらい。微妙だなあ、くるくる。

先生がやっとどいたので急いで板書を写す。
もうすぐで端まで来るから、早くしないと消されてしまうのだ。









「じゃあ、切りがいいからここまで」

先生が言ったすぐあとにチャイムが鳴った。
また先生がちょうど板書にかぶっていて見えない・・・・邪魔だって、先生。
上半身を必死に横に動かして、なんとか板書を写して、日直の人を少し待たせてしまった。
ごめんね、もう消してもいいですよ!


(お、終わった・・・・!)
さん」


「え、はい?」


それは、冷たい雪のように、静かにわたしの机に降って来た。
驚いて顔を上げると、(その声の持ち主の正体を、もちろんわたしはよくよく知っている) 郭くんが傍に立っていた。

ああ・・・・さっき上半身ぐいぐいしてるところ見られたかしら・・・恥ずかしい!先生のばか!
郭くんにまぬけっぷりをアピールしてどうする・・・。



「これ、さんのだよね」

すっと郭くんの拳が開かれて、オレンジのキャップが姿をあらわした。
不思議に思ってわたしの手に握られているボールペンを見る。と、確かに差し替えたはずのキャップがない。


「・・・あ、ありがとう・・!」
「あんなに勢いよく回してたら、俺の方まで飛んでくるよ」

郭くんは笑って、はい、とわたしの手の平にキャップを置いてくれた。
ひんやりとした指先が手の平に触れて、やっぱり雪が降って来たようだ。

「か、郭くん・・・わたしがペン回してるの見てた、の?」
「だってさんだけ向いてる方向違うから」


カーテンあるのに窓の外なんか見えないんじゃない?と郭くんは可笑しそうに笑う。
わたしが空が、ちょっとだけ見えるよ。と教えると、郭くんはちょっと笑ったまま ひらひら漂うカーテンを眺めてふーん、と言った。









051113