同じリズムで流れる音の中に、声が聞こえた気がした。 sponda 「三上」 つ、と頬に指が刺さった。 やられたと思うと同時に、こんな子供じみた方法にまんまと引っかかるなんて 俺らしくない、つーか、だせえ・・・。呆れて指が刺さったままの頬が緩む。 はしてやったりと得意げな顔をして、にやあ、と笑った。 「お前、その顔ブサイクだからやめた方がいいぜ」 「うわ、ひどい!女の子に向かってブサイクだなんて」 どの面下げて言ってんの、と見下げるためにわざわざ立ち上がり、口をへの字にして 俺を見下ろす。 お前も大概に失礼だな、と事実だけど少しの自惚れに自覚はあって、厭味に笑ってみせた。 しかしながら俺はの好みじゃないらしい。うるせえよ、ほっとけ!バーカ 「藤代くんは可愛いけどねえ。三上はね・・・?」 は楽しそうに笑って、隣に腰をおろす。 いつもと同じようにやり取りをしていても、寄せては返す音の所為で冗談も囁きみたいだと、 今ごろ学校で大人しく椅子に座ってる奴等を思ってどうして今、自分達がここにいるのかを考えると可笑しい。 「おい、スカート汚れんぞ」 「三上だって、ズボン汚れるよ?」 「俺はいいんだよ。パンツに砂入っても知らねえからな」 「やだ、それセクハラだよ」 握った手で軽く肩を殴られて、にしし、とお世辞でも女らしいとは言えないやり方でが笑うと、 唇の端から奥歯の銀色がちらりと覗く(こいつはそれを白に詰め直したいとひどく気にしていた)。 「三上はさ、サッカー選手になるんだよね?」 「あ?」 「なるんでしょ?」 「なれたらな」 「じゃあ、楽しみにしてる」 は、絶対なれよ、と念を押して水平線の風を吸い込んだ。 潮の匂いと湿った風が吹く。 「お前は何になるんだよ」 さよならを告げずにさようならをしたことを、三上は今でも怒っているだろうか。 生まれて初めて授業をサボって、三上を巻き添えにして、2人で海に行ったあの日。 今思うと、夢とか、幻とかそんなようなものだった気がする。 普通じゃありえないよなあ、と思い返してはその柔らかさに浸って、その度にやっぱりあれは 夢だったんじゃないかと、思う。 あの時に夢だってわかってたなら、目覚めなかったのになあ。 「もったいなかったなあ」 海は変わってないけど、わたしは変わってしまったから、三上も変わってしまっただろう。 波打ち際まで行って、連れ去られるような錯覚を楽しみながら、また思い出す。 ひょっとして、ちょっといい感じだったんじゃないかな、とか。思い込んで、実際はそんなことも なかったかもしれないのに、きっと都合のいいようにねじ曲げてしまったんだろう。 あの頃は、囁く冗談でいつも繋がりを信じていたから。 三上亮くん、おげんきですか? わたしは今、やっと元気です、と言えるようになりました。 突然いなくなって、わたしの噂は流れましたか? 夜逃げとか駆け落ちした、とかだったら、いいな。 なんて、知っていると思いますが、腎臓を移植するためにアメリカに飛んでいました。 あの時三上はわたしは将来何になるんだ、と聞いたよね。 今さらだけど、答えを教えてあげます。 わたしは、大人になります。 というか、大人になれました。 さて、あの約束を覚えていますか? 濡れた砂を切る指はどんどん汚れて、爪の間にどんどん泥が入っていく。 地面に書かれた手紙も、波にさらわれて、どんどん消えていく。 わたしの思いも、波にさらわれて、どんどん、どんどん どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、・・・・ 「おせーよ、お前」 覚えてないのはお前の方だろうと、振り向くと20歳の三上が、いた。 あのなあ、お前「3年後、ここで会おう!」とか言いやがったからな、わざわざ遠くからここまで・・・・。 つーか、なんであそこの砂浜にいねーんだよ。何時間待たすつもりだよ。あーあーそしたらこんなとこにいるしよお。 ぐだぐだぐだぐだ、と三上はしゃべった。たぶん今まででいちばんたくさんしゃべった。 3年前とおんなじ三上の声、だった。 わたしの思いは、どんどん、膨らんでいた。打ち寄せるばかりで、ついには足にまで染み込んで、びしょびしょになってしまう。 「うそつけ、ケガしたから、でしょ。そしたら今シーズン中だもん、こんなとこいれるわけない」 ちゃんと、知ってる。ちゃんと、三上が夢を叶えてくれたこと、知ってる。 J2だし、試合にもあんまり出てないけど、でも、サッカー選手になった。 これからだね、これからだ。 わたしも、三上も、これからだ。 「三上、わたし大人になったよ」 「俺もなったけどな」 「三上にまた会えたよ」 「俺も会えたけどな」 三上がわたしの隣にしゃがみこむので、波打ち際にぺたりと座った。 もう、濡れちゃってもいいや。本当は思いっきり全速力で海の中を走りたかったのを我慢したんだ。 「三上くん、キスがしたいです」 「フレンチじゃないやつなら喜んで」 三上の手がわたしの首に触れたので、唇がやってくる前に、白く詰め直した自慢の歯を見せて、 わたしはあのころとおんなじように、にしし、と笑ってやった。 051007 STAGE.213投稿。(アップにあたって加筆修正) |